「感情は意思決定を助けている?」:ソマティックマーカー仮説の探求

 辻褄があっていない判断や、合理的でない仕事、理性的でない他人の行動に納得のいかない経験をしたことがある人も多いと思います。その際に、我々は理性と感情を対立するものとして考えがちですが、神経科学者アントニオ・ダマシオは、人間が日々の意思決定をする際には、理性だけでなく感情も重要な役割を果たしているのではないかという説を提唱しました。それが「ソマティックマーカー仮説」です。この仮説は、感情が私たちの判断プロセスにどのように組み込まれているか理解する鍵になります。

ソマティックマーカー仮説とは

 この仮説の面白いところは、感情的体験が「身体的な印(マーカー)」として記憶に残ることで、これが未来の意思決定に効率的に影響を与えるというものです。日本では「五臓六腑にしみわたる」、「頭が痛い」とか、「胸が詰まる」、「耳が痛い」、「腹を割って話そう」、「腹が座る」など、体の部分を使って感情を表すことがよくあります。思い返せば、困ったことがあると、頭が痛いような感じになりますし、悲しいことがあると胸がつまったような感じがしますし、気分がいいと体中が爽快な感じになります。その体の感情が、意思決定に対立するのではなく、むしろ、効率的に影響しているのではないか、過去の経験に基づく正負の感情が、新しい状況での選択を左右するのではないか、というのがソマティックマーカー仮説です。

研究からの洞察

 不慮の事故により、脳の情動に関わる部分に損傷を受けた人がいました。知能には、大きな問題はなかったものの、ある一つのことに著しい問題が発生するようになりました。それが、意思決定だったのです。つまり、事故の後、意思決定をすることができなくなってしまったのです。このことは、情動が理性的な判断に重要な役割を果たしていることを示唆しました。
 痴呆のお年寄りと言葉のコミュニケーションが難しい場合でも、情動的なコミュニケーションが可能であるのは有名な話です。つまり、人間は言葉によるコミュニケーションだけではなく、気持ちによるコミュニケーションも行っていると言えるでしょう。

日常生活への応用

 交渉、会議、打ち合わせ、コミュニケーションなどで何かしらの方向性を提案したい場合には、いかにそれが合理的であるかだけではなく、そこに沸き起こってくると予想される感情にも、少し配慮をしておいた方がよいかもしれません。なぜなら、あなたの意見は、合理的に納得できても、感情的に受け入れられないと無意識に判断されてしまう可能性があるからです。今後の研究の動向に注目です。